趣味で稼ぐのは悪なのか?

趣味で稼ぐ」「楽して稼ぐ」は正しい。
私は、そう思っています。本記事では、上記二つがなぜ正しいのかを説明したいと思います。

1.この記事を書く理由

私のブログが、まとめサイト等に取り上げられてから、

コメントやメッセージにて「趣味でやっているのだから、お金をもらうな!
楽して稼ぐなんて許せない。」という意見が寄せられるようになりました。

これらは、無価値な意見ですが、あまりにも多く寄せられていたので、もしかして「本気」でそう思っている人がいるのでは?

と思い今回の記事を書くこととしました。先ほどの2点、

趣味で金を貰うのは悪

楽して稼ぐのは悪

と言うのはたわいもない戯言にすぎません。

もし、上記二つのコメントを見て「一理ある」と思った方がいらっしゃいましたら、

一度この記事をよく読んでいただいて考え直すことをお勧めいたします。。

2.なぜお金を稼がなきゃいけないのか?

まずは、前提条件となる「なぜお金を稼ぐ必要があるのか?」について説明しましょう。

お金を稼がなければいけない理由。
それは、「独立した個人」になるためです。

独立した個人とは、「自分自身を自分で支配して、他人に依存する心がない人」を指します。

独立した個人とは、「自分自身で物事の正しい正しくないを判断して、間違いのない対応ができる人」です。
(知恵の独立)

独立した個人とは、「自分自身で頭や体を使って働いて生計を立てている人」です。
(財産の独立)

お金を稼ぐことは、「財産の独立」にあたります。

ではなぜ、「独立した個人」にならなければならないのか?誰かに依存してはいけないのかと言う発想なると思います。

中国の偉大な思想家である孔子が言うように

「民はこれに由らしむべし、これを知らしむべからず」

ではダメなのか?とね。

ダメです。

もし、誰も独立せずに依存するだけの、社会があるとしたら、その社会は引き受ける人を探すばかり、盲目の集団となってしまします。

例えばここに100人の会社があるとしましょう。そのうちの1人は社長です。その他99人は社長に依存するだけの無知な国民とします。
もし、社長が汚れなく清らかで公平に国民に接し正しく導けた優秀な指導者であり続ければ、この会社は末長く栄えるかもしれません。

しかし、皆様ご存知の通り、そんなことはありません。ニュースを見ていればわかる通り、老舗であっても大企業であっても経営陣が暴走することはよくあります。いかに優秀な経営者であっても、その人の判断が永遠に正しいとは限らないのです。

もし、この100人の会社の社員全てが個人として独立せず社長に頼ったままならば、社長に媚び諂い、依存します。もし、社長が利益の90%を私利私欲のために使い、10%しか還元していなかったとしても、99人は知らずに社長に依存し続けるでしょう。そしてその会社が倒産した時、帳簿を見て、初めて社長が正しくなかったことに気づくことになるのです。
※会社勤めを、否定しているのではありません。

財産を他人に依存し、「主人」と「客」の関係を作り出すことは、個人にとっても社会にとってもリスクであり不利益となるのです。

以上のことから、個人が末長く生活するためには、「財産の独立」そして「個人の独立」が大切です。

お金を稼ぐと言うのは、「個人の独立」の大きな一歩なのです。

3.趣味で稼ぐのは悪なのか?

正義です。

むしろ積極的に趣味で稼ぐべきなのです。趣味が高じて財産の独立を勝ち取れるのであれば、勝ち取るべきです。
※ここでいう趣味とはその人が、好んで習慣的に続けられる物事のことです。

なぜ、趣味で稼ぐべきなのか?それは「ストレス」と「生産性」の観点から説明できます。

簡単な話です。あなたの趣味が「釣り」だとしましょう。そしてあなたは二つの仕事を選択できます。

1.釣り具である「ルアー」を試作する仕事(成果給 個人)
2.工場で生産ラインに立ち部品を組み付ける仕事(時給制 会社)

どちらの方が、意欲を持って取り組めますか?

1.の方が意欲的に取り組める。と答える人が殆どだと思います。

この意欲生産性を向上させる上で重要な要素です!

当たり前のことですが、私たちは、嫌いなもの、無関心なものに取り組んでいるよりも、好きなことに取り組んでいる方が高い生産性を発揮します(無駄な労力がない)。

また、自己啓発性も高く、好きなことであれば、学習意欲も維持できるのが趣味を仕事にすることの良さです。

これにより、専門的な難易度の高い仕事に挑戦することができます。(専門性の獲得)

そして、趣味の仕事は、そのほかの仕事と負担して、ストレスが少ないです!

以上が、趣味を仕事にすることの良さです。

さて、ここまで「趣味を仕事にすることの利点」をあげましたが、「趣味で稼ぐべき理由」についてまだ触れていませんでした。

次は趣味で稼ぐべき理由を説明します。

4.趣味で稼ぐべき理由

趣味を仕事にして稼ぐべき理由は、「生産性の向上(時短・専門性・労力)」で得られる利益を最大限に活用するためです。

生産性の向上によって得られる利益、それは。。。

時間です。

私たち労働者階級、サラリーマンやアルバイトは、会社に所属し、

「時間を対価にしてお金をもらっています。」

みなさんよくご存知「時給制」と言うやつですね。しかし、趣味が高じてお金を稼げるようになったらどうでしょう?

生産性の向上により、より短時間でより良いアウトプットが得られ、それでお金を稼げれば。。( 理想論ですが。。)

その結果に得られる最大の利益。それが、

時間なのです!

例えば、私のように朝8:30に出社し夜20:30(昼休み1h)に退社する一般的なサラリーマンの場合、平日自由に使える時間(通勤1hとして)は

たったの3時間です。これに食事、家事、買い物、入浴等の時間を引いたら、1.5時間ほどしか残りません。。

私たちサラリーマンはこの1.5時間を有効活用して自己研鑽や趣味を行わなくてはいけません。

 

では、「趣味で稼ぐ」を実現した人はどうでしょう。自宅勤務としましょう。

先ほどの生産性向上により、サラリーマンの2/3の時間で良いアウトプットが出せる場合、労働時間は約7時間です。

8:30から仕事を始めた場合、15:30には仕事が終わる計算です。就寝までの残り時間は、9時間。

食事、家事、買い物、入浴等の時間を差し引いたとしても7.5時間もの時間が得られることになります!

1.5時間しか得られないサラリーマンとは圧倒的な差ですね。。。

 

もし、この生活を1年間続ければ(平日日数244日の場合)、サラリマンと比較して、1464時間の差が生まれることになります。

これは日数に直すと、61日。約二ヶ月もの時間の差ができるわけです!

果たして、この時間を自己研鑽や趣味、その他に費やした人と、費やしていない人、どちらの方がより充実した人生を送れるでしょうか…..

結果は火を見るよりも明らかだと思います。

時間とは、我々にとって何より大切な資源なのですから。。。

5.楽して稼ぐは悪なのか?

もう説明はいりませんね。。。

楽して稼ぐも正義です!

楽して稼ぐと言う言い方が悪い気もします。「少ないストレス少ない時間で、お金を得る」と言うべきでしょう。

楽して稼ぐことによって、時間を捻出し、その時間を使ってまた新たなものに投資できるなら、アリです!

 

是非これを読んだ貴方には、資源としての「時間」の価値を再認識してもらって、

その資源をどこに投資すべきなのか?をよく考えてみてください。

正直、私たちサラリーマンは会社に投資しすぎなのです。。。

5.なぜこのような批判が生まれるのか?

趣味で働くことが正しいとわかったところで、一つ疑問が生まれます。なぜこのような批判が起きるのでしょうか?

この問題を、「憎しみ」や「妬み」などの負の感情で処理することは簡単ですが、今回は日本の歴史に立ち返って考えてみたいと思います。

この問題の根源には、おそらく「労働は尊いもの」であると言う考え方が前提にあると思っています。

私自身、この考え方を否定する気はありません。しかし、時代に即した考え方ではないと感じています。

おそらく、この考え方が生まれたのは昭和の「高度経済成長期」に生まれたと考えています。

この時代は、マス(mass)で勝負すれば勝てる時代でした。高性能な商品を高品質で、大量に生産することによって、私たちの日本は「生産性」と「商品価値」で他国に勝利し、莫大な利益を得ることができました。この社会においてマスは正義で、個人の能力や思想を統一化し、皆が同じ方向を向くことで「生産性」を維持できていたのです。この時のマスに向けた思考の一つとして「労働は尊いもの」であると言う解釈が生まれたのではないかと考えています。

しかし、時代は移り変わります。平成になり、コンピュータ技術が急速に発達すると、個人の能力や思想を統一化するマスによる生産は、時代に即さなくなってきます。一人一つのコンピュータ(スマートフォン)が当たり前になった現在において、私たちの幸福はハードウェアのみでなくソフトウェアからも得られるようになったのです。

一つの共通プラットフォーム(android,iPhone)を提供し、ソフトウェア(appleStore,PlayStore)で個人個人に特化したサービスを提供する。

つまり、大衆が同じものを消費する社会から、個人個人が自分にあったコンテンツを消費する時代に移り変わってしまったのです。

この社会において、大量生産は意味をなしません。消費が分散した世の中において同じものが大量に消費されることは少なくなってしまったのです。この社会では、開発者の個性が重視され、それぞれのコンテンツに特化した開発が要求されます。つまり、思考統一化による生産が仇になるのです。

これから、消費はどんどん分散していきます。

これからの令和の時代において、
「労働は尊いもの」は正しくないのです。
私たちは、「労働は尊いもの」と言う発想を平成に置いていかなければいけません。
では、令和における労働とはどういうものになるのでしょうか?

6.これからの労働

私が考える令和の労働は、より生活に密着したものになります。

その人の個性を趣味を生かして働く都合上、「ワークライフバランス」と言う考え方は崩壊します。

私たちは、常に働いるし、常に遊んでいる状態になるのです。

つまりワークとライフの区別がなくなるのです。

コンピュータの普及により、私たちは場所と時間の束縛から解放され自由に働けるようになりつつあります。これから、場所と時間の束縛はより、自由なものになるでしょう。

例えば自動運転。自動運転が普及すれば私たちは運転と言う時間から解放されます。その時間に働いても良いし休んでもよくなるのです。

働く場所に関しても同じことが言えます。まだ発展途上ですが、VRやAR、ロボット技術が発達すれば私たちは同じ場所にいなくても、バーチャルで同じ場所で話し合えるようになるかもしれません。そうすれば一箇所に集まって働くと言うスタイルは古くなり、個人が自由な場所で働けるようになります。

消費も変わります。皆が同じものを欲する時代から、個人個人が自分に合った物を選択する時代になります。これからは流行自体が廃れていくのです。

 

令和の時代は、今までの働きかたにとらわれていてはいけないのです。消費が大きく変わっていく今。

私たちは、「趣味を仕事にできる」時代に生まれたのです。
こんなチャンスの時代に生まれたのだから、これを生かさない手はないではありませんか!
さあ、新しい時代にチャレンジしましょう。